第八話 お告げ

 旧尾沢村の星尾には、吉祥寺という名刹がある。その鐘の音は荘厳で、京都の金閣寺より遥かに低音である。

ある日、住職と奥様と話をする機会があった。「あの~お化けというものは本当にいるんでしょうか」と、愚にもつかない質問であるが一度は聞きたいと思っていたことを口にした。すると「いますよ」と奥様が、住職の後ろから軽やかな口調で言った。「当たり前のことを聞かないでくださいな」という口調である。小生も一緒にいた姉も驚いた。住職が否定するだろうと顔を見たが、「うんうん」と、にこやかな笑顔のまま頷いている。

奥様は小柄で明るく、近所の人を集めてはお花やら茶道やらを教える才媛である。住職は村民から尊敬されているが、奥様も劣らないくらい村民から尊敬を集めていた。その奥様と住職が軽々と肯定したのである。そして奥様は「結婚したての頃なんかはね~」と語りだした…。

庫裏にいると本堂の戸が、がらがらと動く音がした。開けてある本堂の戸をわざわざ閉める人がいるのかと訝りながら行ってみると、本堂の戸はやはり開いたままで、人の気配も何もなかった。庫裏に帰り住職に物音のことを伝えると、住職は「うん、うん、まあ~」と、要領を得ない返事をした。数時間するとお寺に人が二人現れ、亡くなった人の名を告げてお勤めの依頼をされた。つまり、亡くなった人の魂が本堂の戸を鳴らしたのだという。

子供たちが小学生の頃である。「○○のおじいちゃんが来たよ」と、子供が奥様に告げた。「○○さんは寝付いたと聞いていたが、歩けるようになったんだね」と奥様は思い、玄関に行ったが誰もいない。小学3年の妹と5年の兄の二人は「確かに来た」と言うので、三人でお寺の庭から門まで行って見渡したが誰もいなかった。果たしてその日の夕方、二人のお告げが○○さんの死去を知らせにやって来たのである。

お寺は夏の間、本堂の脇部屋を生徒の勉強部屋として解放していた。脇部屋から3メートルくらい下に道路があり、更に3メートル下に川が流れている。石を投げれば届く距離だ。暑い盛りに大きなガラス戸を開けると爽やかな風が川から流れ込み、天然のクーラーとなる。「下界は暑くて気の毒~」と、生徒たちは言っていたもんだ。そこで学んで成長した生徒が、時々お寺に挨拶に来る。その日も、お寺に3年ほど通った人が挨拶に来た。その人は奥様や住職、子供たちと30分ほど談笑し、バイクで帰って行った。皆で庭を掃除していると、本堂の大屋根からザ~という大きな音がした。皆で一斉に大屋根を見上げた。赤く塗られた大屋根は陽が当ってきらきらしているが、特に変わった様子もないし動物もいなかった。大屋根の後ろには杉や樫の木が屏風のように聳えている。しかし、杉も樫も少しも揺れていない。風は吹いていないのである。「何の音だろうねぇ」と、同意を求めるでもなく奥様はつぶやいた。胸騒ぎがする不快な音だったのである。「何にもないといいけどねぇ…」。その日の夕方、先程の若者がバイクで転んでケガをしたという知らせが届いたという。

フシギなことがあるもんだめぇ~

(尾沢のかぢか寄稿)

※2023.7.4 一部標記を修正