第二話 吸いつけたばこ

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戦争にも行ったオレのおやじが尾沢の尋常高等小学校に通っていた頃に、胴ランを腰にぶら下げて登校している先輩がいた。人から聞いた話によると、その先輩が一年くらい前に大病にかかったということだ。最初はカゼだと思っていたのに、みるみる具合が悪くなって寝込んでしまった。顔色も悪くなり、お粥も満足に食えなくなった。近くの親戚も様子を見に来て、これはおおごとだ、とお医者を上げることになった。

お医者は自転車で磐戸から10kmも登ってきて診てくれた。しかし表情がすぐれない。「どうだんべか」「まあ・・・・手遅れだな」「そんな・・・」お医者は暫く腕を組んでいたが腕をほどくと、ふた親の方に向き直った。「まあ・・・・最後の望みとやらを聞いてやるんが良かんべ」両親はもちろん、親戚も一緒に泣いた。本人は、ぼ~っと眼をつぶって弱々しく息をしているだけだ。お医者にお菓子を入れたおひねりを渡して帰すと、ふた親は枕元に座った。「トラオ(仮名)、何が食いてえ?」母親が涙をこらえながら言った。「たばこ」「え?」「父ちゃんが吸っている煙草が吸いてえ」ふた親はその望みにたまげたが、とにかく煙草を持ってきて、胴ランからきざみ煙草をつまむと、キセルに詰めて火を付けた。キセルの吸い口を口に含ませてやると、吸い込んで、ゴホゴホッとむせる。「ト、トラオ、でえじょうぶか?」トラオは黙ってもう一度吸うと、もう一度むせた。「父ちゃん、母ちゃん、あんがと」と言うと、そのまま眼をつぶった。このまま眼を開けねえのかな・・・ふた親はすすり泣き、トラオの小さい手を握って夜を過ごした。

「父ちゃん」と言う声で眼が覚めた。あたりはうっすらと明るくなっていた。再び子供の声が聞けて喜んだ「どうした?」「煙草が吸いてえ」おお、そうかと煙草を吸わしてやった。今度はむせ込みもしねえで、上手く吸えた。「ああ、うめぇ」「そうか、よかったな」暫くすると「母ちゃん、お粥が食いてえ」おおっと親はまた喜んだ。顔色が心なしか良くなっている感じがする。母親はすぐに重湯を持って来た。ふ~ふ~とさまして匙で養ってやった。うめぇ・・といいつつ何口か食べて眠った。小一時間で眼を覚ますと「またお粥が食いてぇ」と、お粥を食った。それから煙草を吸ったりお粥を食ったりしているうちに、元気になってしまった。ふた親の喜びは一通りではない。もちろん、兄弟も親戚も喜んだ。キセルで煙草を吸っている姿を、これほど愛おしいと思ったことはなかった。「お医者は手遅れだと言ったが、煙草のおかげで助かった」誰もがそう思った。

トラオが歩けるくらい元気になると、父親は学校に出向いた。担任の先生に「トラオに煙草を吸わしてやりてえ。健康のためだ」と頼み込んだ。先生は驚いたが、いきさつを聞いて納得した。校長に伝えると、さっそく職員室で話し合いになった。「そういうことなら良いでしょう」と学校の許可が下りた。それからトラオさんは、胴ランとキセルを腰に差して登校するようになった。もちろん、全校でただ一人である。そして、休み時間になると校庭の隅の方で、ぷかりぷかりと煙を吐いていた。時々は先生も一緒になって、ぷかりぷかりとやっていた。いい話だんべぇ~。おもしれぇ~だんべ。

 

【尾沢のかぢか寄稿】

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