第五話 モモンガ

 旧尾沢村の砥沢に、山仕事が生業の九ちゃん(仮名:40代)が住んでいた。そこに夕方、同じ部落に住んでいる清ちゃん(仮名)という腕の良い鍛冶屋がやってきた。二人は幼友達であり、飲み友達だった。気性は全く正反対であったが、短気な九ちゃんと気の長い清ちゃんは、よく二人で一緒に行動していた。

その日は、酒はあったがつまみがなかった。菜っ葉も切れちゃったのである。「モモンガを射ちに行くべえ」と話しがまとまって九ちゃんが鉄砲を片手にとり、二人は外に出た。旧式の村田銃で単発だ。季節は冬である。月明かりが余計に寒さを際立たせ、ピュ~と風が吹いてヒュルルル~と電線が鳴っている。道路から10mも登ればもう山だ。裸になった高い渋柿の木が目当てである。高い所に取られ損なった渋柿が赤く熟して、それをモモンガが食べにくる。葉があるとモモンガの姿は見えない。渋柿が熟さないとモモンガは食べに来ない。天気が悪いと銃は打てない。まさに、条件が揃った月夜だった。高い柿の木を見ると『モモンガが成って』いる。九ちゃんは銃を構えると、ズドーンと射ち放った。弾は命中した。鳴き声はしなかったが、モモンガはストン・ストトンと枝に当たりながら木の根元に落ちてきた。清ちゃんが拾おうと近寄って見ると、もぞもぞと動いている。

「まだ、生きてるぞ。もう一発、ぶてや」

「近すぎてだめだ。ぶったら食えなくなるだんべに」

「どうすべえ」

「木にぶつけてぶち殺せや」

「そうか」と清ちゃんは、もぞもぞと這っているモモンガの尻尾を掴むと、えいやっとばかりに柿の木にモモンガを打ち付けた。ところが木に当る寸前に、モモンガが手足を何とか拡げた。ヒラ~・ゴンと木に当ったが致命傷にはならない。清ちゃん再び振りかぶってモモンガを打ちつける。モモンガは必死に手足を拡げる。ヒラヒラヒラ~コツンとぶつかった。まだ生きている。清ちゃんはこんちくしょうとばかりに力一杯モモンガを打ちつける。ヒラヒラヒラヒラ~~コン。だめだ。今度こそ、と振りかぶった時に、元気になったモモンガが清ちゃんの手に噛みついた。「イテッ!」痛みに思わず手を放した。モモンガは地面に落ちると丸くなって一目散に走って逃げた。「あ~あ・・・」呆然とその姿を見送る。あたりの獲物は銃声に驚いて、一匹もいなくなった。そして二人は冷たい夜風の中、とぼとぼと無言で歩き、家に帰ると溜息をつまみにして一杯飲んだという。

さっぶいのにごくろうなこっためぇ。おもしれーめぇ。

【尾沢のかぢか寄稿】